大人の勝手な決めつけと子供の体験の損失
2022年の日記
最近、私(大人)の勝手な決めつけだったなと反省した事がありました。
それは、
「できるものはできるからもういい、できないものを練習したら?」
というもの。
子供がノートへの漢字練習をしていた時の話です。
子供の好きな漢字がありました。
その漢字は、すでに覚えているし、とても綺麗に書けます。
だけど、他の漢字はうまく書けない字や、時々、まだ思い出せないという完璧に覚えていない字があります。
そこで、私は、覚えているものは、もう練習しなくても綺麗に書けるから、まだ忘れてしまう字を練習した方が良いよ!」
っと言って、子供が好きな字はやめさせて、どちらかというと苦手な字を書くようにアドバイスしました。
すると、苦手な字を覚えたり綺麗に書けるようにはなったのですが、
ふと、思った事が。
あれ?
自分の好きな字を何回も書かかなくてよいのって、
たしかに、もう覚えているし綺麗な字を書けるから、それ以上の練習は必要ないけど、
そもそも、それは目的が
「字を綺麗に書く、覚える」
っと、いった事、あくまでそこなのですよね。
私の目的は「字を覚える、綺麗な字を書く」
それに対して、
子供のやりたい事「好きな字をいっぱい書きたい。」
とを比較すると、
私の目的「字を覚える、綺麗な字を書く」事って、
ずいぶん小さな事、狭い視野だなと思えてきました。
それよりも、自分の好きな事を好きなだけやったらどうなるのか
という体験をした方が、気持ちの体験としてはよかったのではないかと。
なので、今度は、口出しせずに、
全く同じ字ばかりであっても
子供の好きなようにさせてあげようと思いました。
ご訪問、ありがとうございました。